2023年12月19日 (火)

大栗川と釣り

この地域の土地勘のない人に多摩市を紹介するとき、

”東京とはいえ、まだまだ田んぼが残っているし、釣りのできる川もあります。東京ディズニーランドほど有名ではないけれど、キティランドは外国でも知られた遊園地です。”とか何とか応えている。

”釣った魚を食べてます。”とまでいうと少し驚いてくれたりする。

そこで、大栗川釣り事情について書いてみたい。

この川で釣りをする人は少数ながらいる。ただし、その多くはルアーで割と大物、バス系を狙っているようだ。

一方、私の場合、生エサで地味に雑魚を釣っている。

その種類は、

カワムツが多数で、オイカワ、アブラハヤ、クチボソ、ニゴイなど。そしてこれまで一度きりは、ナマズとブルーギルだ。シシャモサイズを超えられれば、ちょっと嬉しい。また、釣りの対象ではないが、この川にはシマドジョウ、カマツカも生息している。

悠々と泳ぐ鯉は、腹の足しになりそうだが、臭みを抜くため、清流に留めておくなど特段の処置が必要だろう。とても一般家庭でできるものではない。他方、先の雑魚系は、内臓をしっかり取れば淡泊で美味である。

洗って、内蔵取って、塩を振り、片栗粉をからめて、フライパンで炒めればいい感じのおつまみになる。

 

2023年9月14日 (木)

行政書士の事件簿 宅地建物取引業の許可 その1 最初に重要なこと

つまり、不動産屋さんを開業するには?ということです。以下東京都の例を基に書いてみます。

よくある例は、取引士(宅地建物取引士)の方が、会社を設立し、会社として許可を取得する場合です。

会社の設立も大切ですが、その前の確認事項があります。確認事項とは、取引士としての所属がどこにあるか、です。現在特定の宅建業者への登録があるなら、これを解除しなくてはなりません(許可後、新しい所属に登録する手続が必要です)。

次の一歩とは、それは事務所の場所を決める、ことだと思います。

事務所のありかたは、費用と許可要件の点で重要です。安上がりに自宅の一部を事務所としうるか?といえば、できないわけではない。

ただし、きっちりと区分されているかどうかを、図面と写真で裏付けを求められます。この原則は、同じフロアに別事業者の事務所があるような場合でも同様な課題です。

かなり昔の事案ですが、一戸建ての家の一室を事務所をした場合、玄関が出入口では不可なので(住居と区分されない)、庭から一階のリビングに出入りすることとしました。×〇不動産、のような表示も必要ですが、庭に譜面台(本来、音楽の楽譜を置く道具)を置いて、会社名を印刷して載せました。そして写真を撮りました。

全く形式的なアレンジですが、なんと、これでも許可を得ることができました。今ではとても無理でしょうね。

一方、新規に事務所を借りることは、出費的にも大きな決断ですので、そもそも無理な物件を急いで借りないことが重要事項です。

また、都市計画法などの規制により、事業所を置くこと自体が制限される場合もあります。

次の一歩は、会社を設立することです。場所を決めたのなら、株式会社か合同会社か、事業内容の記載はどうするかこれが課題になります。

事業内容の記載(登記上の”目的”)についていえば、「不動産業」はあいまいすぎ、「宅地建物取引業」ならそのままなので問題ないはずです(許可事例未確認)。私の知る限り、より含みを持たせて、”不動産の賃貸・管理・仲介・売買”とした場合の許可事例があります。この「仲介・売買」の部分が宅地建物取引業に相当するのでOKなのでした。法務局の 会社登記の基準と宅地建物取引業の許可基準は別なので、表現に迷ったら当局に確認を取ることをお勧めします。

(続く)

 

 

2023年4月12日 (水)

住所の話 その1 この事務所の例

さて久しぶりの記述です。最初は、住所の表現の仕方について書こうと思います。

ところで私の事務所は、3年前に移転しました。

(旧 )多摩市一ノ宮2丁目11番地の21京王電器ビル303号室

(現在)多摩市関戸5丁目22番地の11ヤングライフ霞ヶ関302

と、いった具合です。

私は多摩市に拠点を置く事業者です。つまり、この場所を拠点として仕事をしているので”生活の本拠”の一つでもあります。

ただし、住民票にある現住所とは別となっています。

”生活の本拠”とは民法にある表現で住所の定義にあたります。ですので、現在の事務所の場所を住所といっても誤りではありませんが、素直に表現すれば”事務所所在地”というべきでしょう。

では、これがどのように問題になるのでしょうか?

私の仕事上、委任状が前提になる場合が多いのですが、当然肩書を使った仕事上なので、

氏名 (行政書士)近藤哲郎

事務所 多摩市関戸5丁目22番地の11ヤングライフ霞ヶ関302

として受任者として記載しています。この根拠資料は行政書士証票となりますが、公的な身分証の一つです。

この委任状を添付して官庁に色々申請しますが、書式上、申請者の氏名、住所といった欄が通常あります。

すると、事務所は住所ではない、と官庁窓口担当者が問題視する例がときどきあります。士業慣れしていない部門や新任の担当者が多い年度初めなどありがちだったりします。

結局ダメ、ということは経験にありませんが、運転免許証も追加提示することで収める場合もあります。

確かに運転免許証は、写真付きで住所は住民票(住民基本台帳)と連動していますから、強力な本人確認ツールですね。

以上の件をもう少し一般化して考えてみますと、社会生活上、”どこのだれ”が問われることが多いわけです。この”どこ”が現状と相違のないようにすることは、大切なことだと思います。特に、人の移動が多いこの時期は。

 

 

 

2021年2月15日 (月)

軽貨物運送事業について その3 屋号

この仕事を始める、つまり届出によって始めることができるのですが、事業の届出書の氏名又は名称欄のとなりに「通称名」を記載できます。

これは、いわゆる屋号のことです。個人事業に「株式会社○○」とはできませんが、「○○運送」と名付けることは可能です。

開業にあたり大手通販サイトの依頼しか仕事の受注を考えていない、、だからいらない、としたらちょっともったいない気がします。

従業員(=労働者)なら、仕事の量如何に拘わらず給与が発生しますし、会社も負担する社会保障が付きます。しかし、独立した個人事業主にはそれがありません。

とはいえ、仕事を選び多方面から受注する裁量がありますし、人を雇って事業を拡大することだってできます。そのためには、ただの個人名というわけにはいかないでしょう。

仕事を積極的に取得するのなら、名刺なりウェブサイトがツールのはずですが、その前提は、当然屋号ですね。

 

 

 

2020年12月22日 (火)

軽貨物運送事業について その2 一般の運送運送との違い

軽貨物の申請をお話する前に、路線バスの営業所の様子をお話してみたいと思います。

つまり、大規模な運送業(バスなら人が対象ですが)と比較してみると、かえってわかりやすくなるからです。

恥ずかしながらバスの中に忘れ物をしたため、路線バスの事業所をたずねたことがあります。

ちょっと街はずれにとても大きな駐車スペースがありました。事業所ビルに入ると、ちょっと雑だけど活気のある生活感を感じます。

一仕事終えた運転手さんたちが、やれやれって様子で続々帰ってきたり、くつろいでワイワイ雑談しているからです。

豪快に小銭を回収する様子も見ました。

仕事がら、朝早かったり、夜遅かったりするわけで、奥の方には、横になって休む休憩スペースがあるようです。

これだけ見ても、自動車運送事業という分野は、自動車を駐車する場所、運転者が休む場所が肝心と分かりますね。

あと加えるなら、料金でしょうか。不特定多数の人を対象に、大量のサービスをこなしていく、つまり公共性が高いということなので、それなりに規制、監督があるのだろうとも推測できます。

基本、自動車の運送事業は、旅客、貨物の二分野になりますが、その許可のポイントは以上のようなものになります。

具体的に、”現物”が審査される点でも、難易度の高い申請といえます。

一方、貨物軽自動車運送事業はどうか?といえば、これは届出なんですね。形式的な書類審査ですみます。

でも、、どこの誰が、誰を責任者にして事業所を持ち、料金体系を定め、運転手の休憩場所、駐車場の使用権原を持っているか?

この仕事を始める場合に必要な届けですが、しっかりこれらのポイントが載ってます。

2020年12月16日 (水)

軽貨物運送事業について その1 コロナ禍の街と黒ナンバー

このコロナ禍の最中、街の風景の大きな変化があるとしたら、自転車で食事を運ぶ人たちの姿でしょうか。その数からみても相当な需要があるようです。

”運んでもらって、家で食事を済ます”、こういった生活の形が、あたりまえに定着しつつあるのでしょうか。

そして、一般の買い物も、”ネット通販で済ませ、これもまた運んでもらう”、ことが目立って多くなってます。

その場合の運送手段は、門口まで小回りのきく軽貨物自動車が主流です。

ところで、軽貨物自動車は、当然軽自動車なのですが、黄色のナンバーに黒字ではなく、黒のナンバーに黄色の字となってます。

自前の荷物を運ぶだけなら黄色ナンバーで済みますが、このように依頼を受けて荷物を運ぶ自動車による運送業は、ナンバーの違いで分かります。

つまり、いわゆる黒ナンバーは、いわば軽貨物運送のプロの証なのです。

私の、最近の業務として黒ナンバーに関わることがとても多くなっています。そこで、このテーマを掘り下げてみて、これからこの仕事を始めてみたい人などにお伝えしてみようと思ってます。

2019年6月 6日 (木)

ドメスティックな事件について

「事件6日前激しい暴行」、と新聞の表題にある実子殺害事件についてである。

カリタス学園の事件もあり、長男が近所の小学校の運動会に腹を立てたことから、これまで以上に激しい衝突があったと解釈される。

「自分たちの身も危ないし、周囲に迷惑をかけてはいけないと思って刺した」。

このように、供述があったとされるが、かえって大きな事件となってしまったわけだ。

ところで、幾つか現認したことがあるが、公共の場、特に鉄道など公共性の高い場所では、暴力事件への対応は実に手際がよい。ちょっとした乗客間の小競り合いでも、警察の介入の素早さには驚かされる。なので、多くの事件は大きくなる前に制されているようだ。

しかし、ドメスティック(domestic)な、つまり家庭、家族など親密な関係にある当事者の場合、このようにはいかない。

公にすることへの躊躇として、世間体、親たる自負いろいろな心理要因があるだろう。又、警察の側も「内輪の問題は内輪で」といった考えが強いように感じる。

そして、より追い詰められた状況になれば、選択肢を選ぶ余裕もなく、最後の手段に飛躍しうる。

最近の家族のありかたについていえば、良い意味での保護機能が衰退しつつあるのだろう。問題を無理に抱え続けるのではなくて、すでに一線を越えているのなら(当事者にこの判断は確かに難しいが)、リスクを心得ながらも、早めに「事件化(公的な介入を導入すること)」する方策が必要と考える。

2019年5月31日 (金)

死後事務の実務 その2 死亡診断書と死体検案書

人が亡くなった事実、これが死後事務の始まりです。

この事実を、しかるべき立場・資格(つまり医師)の人が、亡くなった人の身体の状況から判断した書面が死亡診断書と死体検案書です。

さてその違いとは?

そもそも、厚労省の定めた書式は同じです。表題のみを選択する形になっています。また効力も同じです。

しかし、あえて違いを述べるなら、

死亡診断書 とされている場合、

医師(この場合、死亡診断書 を書いた人)が看ていた患者が、診察を受けていた傷病で亡くなった。

と分かります。

「診断」という言葉がはいっていますが、医療行為の延長で死亡が確認されたとの意味合いなのですね。この診察を死後診察と呼びます。

これが違いその1です。

もう一つは、とても例外的なことです。

最後の診察から24時間以内なら、「死後診察」を省いて死亡診断書 を作成しうる、ということです。現実はまずないことでしょうし、死因をめぐる問題が起きうることを考えたら、しないわけにはいかないと思います。

一方、死体検案書はそれ以外の場合です。治療の先ではなく、遺体を確認する、といったニュアンスですね。

以上は、医師(歯科医師もあり)しかできない事務です。

では、その事務的な続きはどうなるか。

当然、死亡届に添付します。

死亡届が受理されたら、死亡診断書/遺体検案書の出番(コピーを含め)はあまりありません。

戸籍や住民票など公的な登録事項が中心になるからです。

しかし、亡くなるまでの経緯や、亡くなる原因が問題となる場合、死亡診断書/遺体検案書 が必要になることもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年5月24日 (金)

死後事務の実務 その1 死後事務とは

あまり使いたくない言葉ではありませんか?「死」なんて遠回しに表現して避けたい言葉です。

「それって、つまり相続でしょう?」とお尋ねを受けそうですが、もっと広い意味合いの言葉が必要と考えてます。

人が亡くなるととても沢山の事務管理・処理が発生します。資産の名義を変えることが全てではありません。

土地の相続、といえばそれなりに定まった手続が事務的に進められますが、、、

何所に、どんな不動産があって、現実今どうなっているのか、所有にする納税はなされている?、相続後売却はできそう?、、などなど押さえておきたいことがいろいろとあります。教科書どおりに資料をそろえて→名義変更の登記とすんなりとはいきません。そして登記ができたとしても、税務申告が次の課題になるでしょうし、各種届出が必要な土地もあります。

みなさんご自身の契約関係って押さえ切れていますか?

いつの間にか口座から引落されているサービスに気づいて、ぎょっとした経験のある方もいらっしゃると思います。

契約者が亡くなれば自動消滅とか、更新が自動的ではない契約関係ならさほど問題なさそうですが、原則的に、契約関係は相続人に 引き継がれます。

現実問題として、業者が相続人を探し出して積もり積もった代金請求、なんて事態は身近にはないでしょう。でも、額にもよると思いますし、意図的に放置はお勧めできません。

ここで、私なりに、死後事務を定義してみます。

死後事務とは、

亡くなった人の社会関係を確認、調査の上これを総覧し、法的、慣習的に適正な事務処理を行うことの全部またはその一部。

そして、近年、死後事務を意識することが重要になっていると思います。なぜかといえば、家族関係が縮小、希薄になっているからです。特に、一人暮らしの方が亡くなった場合、狭い意味での相続ではなく、死後事務を意識することが肝心です。

そして、あくまで私の仕事感覚ですが、

死後事務とは、社会制度上の供養の一つである。

つまり、この世に残したことで、できることはきっちり清算し、故人の思い残すことができるだけないようにしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年5月14日 (火)

死後から通夜、葬儀までの期間について

また訃報が入った。当然、通夜、葬儀はいつなのか、この情報が重要なのだが、なんと葬儀は死後6日後となっている。

前回の通夜もそうだったが、死後からずいぶんと待たされるのは、少なくとも最近の都内の状況ではなかろうか?

とはいえ、6日を超えないことには理由があるだろう。いわゆる初七日の法要と重なってしまうからだ。

もちろん法令ではない、慣例に近い手続なのだが、この手続はそれなりに尊重されているものだと思う。49日も含め、7の倍数にすることはそれなりの教義上根拠もあり、チベット仏教にも似たような発想があると聞く。

問題は、仏滅とか、友引とかあの慣習である。これは”軽薄な民間呪術”と私は考えている。この慣習にこだわることは、多死社会にそぐわないだろう。なかなか踏み切れない心情も理解しうるが、こだわないことへ方向づけていくことを推奨したい。

もっと基本で考えてみよう。

冷たくなった死者を、もっと冷たい場所に長く置くことは、これこそ不敬と考えたい。

«ある通夜の供養のあり方について